食卓の周辺 384号

 

食卓の周辺384号  

 今回は、訃報を2件お伝えしなければならないのが、悲しい限りです。  熊本子どもの本の研究会が大変大変お世話になりました鶴見俊輔先生がお亡くなりました。急遽、今号会報の紙面で特集を組み、在りし日の先生をご紹介して、皆さんに、懐かしく偲んでいただくことにしました。7月24日早朝、東京の娘から、続いて息子から、鶴見先生が亡くなられたとの訃報が届きました。まだまだ心残りで、寂しい限りです。そして、私の個人的なことですが、毎日新聞社に勤めている娘が、初任地・名古屋本社での直属の上司で、大変お世話になり、その後もずっと心にかけていただいた根上磐氏(元東京本社副代表)が、5月19日に亡くなられ、7月22日に「根上磐さんを偲ぶ会」が行われるとのご案内をいただきました。

 「偲ぶ会」に出席するため、19日から上京。その夜は娘の家に泊まり、娘の手料理のご馳走をいただきながらの夕食は楽しいもので、娘婿相手に飲むアルコールの量も普段の倍位。娘は料理が上手で、私が食べたことのない外国の料理をいく品も作ってくれました。上京するとき持参した、H地銀と契約した書類を、娘に見せたら、「これは保険よ。絶対よくない内容だから解約するように」と言います。「私の葬式金と思って、まこちゃんに」と言いましたら、「私も兄ちゃんもお金はたくさん持っているから、葬式金なんて心配しなくていいの」と、叱られました。H地銀だからと安心して、勧められるままに、当面使うことない預金を。チェックを入れる時も読み取れない文字で、わからないなと思いながら、言われるままに記入したのですが、これでは、年寄りがトラブルに巻き込まれるわけと思いました。娘は、「クーリングオフが過ぎているかもしれないけれど、勉強代と思って解約しなさい」と。20日は、新江古田のマンションに寄り、夕方、都庁前駅改札口で長男が迎えてくれました。息子が予約していたお店は、美味しい料理でした。                    *

 連休明けの21日朝一番に、銀行に電話して解約を伝えました。上京中ということ。携帯電話を教えたのに、何時まで経っても連絡なし。その夜、人と会うことになっていたので、再度、電話したら、担当の男性と替り、「今から申し上げる文章を横書きで書いて、郵送で、郵便局の窓口に出してください」と。隣りのコンビニで便箋と封筒を購入。時間外も開いている練馬郵便局にタクシーを飛ばし、簡易書留で送付。クーリングオフできました。銀行が提示する書類は、薄い橙色の文字。「読み取れないですね」と言いましたら、「機械は読み取ります」とおっしゃる。

 Kさんとの待合せ場所は、渋谷駅ハチ公出口の交番前。途中、「少し遅れるかもしれません」とメールする。ハチ公は見つけたけれど交番が判りません。今度は携帯に電話。人混みの中、「ここ,ここ」と、手を振りました。若者みたい。先ずは、彼の行きつけの居酒屋で。その後は、店を変えてアルコールなし。練馬駅に着いた時、私の乗る終電は出た後でタクシー乗り場まで送ってくださった。五時間近く一緒に過ごしていたのに、何を話していたのか、思い出せません。 後日、「終電に間に合わなくてすみませんでした」とメールが届きました。いつもごちそうさま。

(横田)