私の一冊 378号

『子育てをうたう』

私の一冊 378
  • 『子育てをうたう』
  •     
  • 村松由利子 著   (福音館書店) 
  •     
  •                         小風 さち        

 十月(とつき)十日(とおか)の妊娠中、私は自分が人というより果物でお腹の子はその種におもえてならなかった。 出産をすると、私はたちまち果物ではなくなった。生まれた子も種ではなかった。泣く、乳を飲む、排泄する。親になるとは、なんと現実的な事か。やおら子育てが始まった。

 『子育てをうたう』松村由利子著(福音館書店)は、もとは同社の月刊絵本にそえられる折り込みふろくに掲載された記事だった。子育てをテーマに詠まれた一片の短歌と、松村氏の文章で構成されたこの連載は、三年間続いた。どこか懐かしく、あたたかい生活感のある表紙絵。小ぶりながら掌にしっくりと馴染む本の造りに嬉しくなり、さっそく読みはじめた。こんな歌があった。

  • ─猫を生んだことあるかと問える子に驚くわれは否と言えざり      西村 美佐子
  •  
  • ─危ないことしていないかと子を見れば危ないことしかしておらぬなり  俵 万智
  •  
  • ─夕食の分だけ重くなりし子のからだを高き椅子より降ろす       村松 正直

 嬉しかった。本の中に自分がいた。だがそう感じるのは、私だけではないにちがいない。子育てをしてきた、あるいは現在子育てをしている人は、みなこの本のどこかに我を見出すことだろう。そしてこう感じるだろう。子育てをしている自分は独りではないと。

 なんにしても、人が人を育てることの可笑しさよ。編まれた短歌からは、ひたすらに子を育て、子にそだてられる人の姿が立ちあがってくる。添えられた松村氏の解説は、ページを繰るにつれ会話を交わすようで、つい「そうそう」と本にむかって話しかけてしまう。

 かつての果実にも種にも時は流れた。私は子育てをしたはしたが、こうしてみると、良き親であろうと歯を食い縛った事のほとんどが徒労と無駄足に終わっていはしまいか。そのかわり、子どもと呆けて遊んだことは良き実を結んでいるように思えるのは、どうしたことだろう。 (児童文学作家)                      

(児童文学作家)