私の一冊 377号

『童話 お話のなる樹』

  • 『童話 お話のなる樹』
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  • 作・尾関岩二 / 画・船川未乾 (創元社) 
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  •                         谷川 俊太郎        
 

昭和2年、1927年に出版された本の話です。『童話 お話のなる樹』と題された美しい装幀の本で、作者は尾関岩二、画装は船川未乾。版元は創元社。ウェブで調べてみると、作者は1896年に生まれ1980年に没した児童文学者で、シェークスピア詩集などの訳書もあります。

 子どものころから我が家の本棚にあった本で、父・徹三に著者から寄贈されたものです。十八篇の短い童話が収められていますが、読んだことのある人は今では、何人もいないのではないでしょうか。ちょっとひとつ読んでみましょうか。「星のこどもら」というお話の出だし。

 「それはずっと大昔のことです。一日には昼と夜しかなく、一年には雨のふるときと、好いお天気のときとの二つしかなかった頃のことです。(中略)その頃はまだ世界に悪魔といふものがたくさん住んでゐました。」

 近頃の童話とは違って品のいい、詩的でおっとりした文章です。悪魔というものが今でもいるのかどうか、私は詳しくは知りませんが、悪魔より恐ろしいものを人間が知らず知らずのうちに、お話の中だけではなく私たちが生きているこの現実世界に作り出していることは知っています。

 そんな現実世界に対して、〈お話〉はどんな力を持てるのでしょうか。尾関さんの文章を読んでいると、内容と同時にそれと切り離せない語り口、文体も大切だということが分かってきます。そこに作者の人となり、生き方がひそんでいて、読者は気づかずにその隠された力に励まされるのです。

 昔出た本にも、今出ている本に負けない力が隠されていることを忘れたくありません。

                     

(詩 人)