私の一冊 376号

『宮本武蔵』

宮本武蔵
  • 『宮本武蔵』
  •     
  • 吉川 英治 著(講談社文庫) 
  •     
  •                         島田 紀三子        

「最後の一文を書きたいが為に、吉川英治はこの本を著したと思う」。これは、高校一年時の学級担任が言われた言葉だ。それを聞いてすぐ、文庫本を購入し読んだ。しかし、かなりの長編で、言い回しが難しく読み進めるのに苦戦した。ただ、先生の言葉を理解することができるかを確かめたくて読破したように思う。文学などほとんど読んだことのなかった私をその気にさせた、先生の一言は今更ながらその影響力に驚く。

 最後の一文はこうだ。「波にまかせて、泳ぎ上手に、雑魚は歌い雑魚は躍る。けれど、誰か知ろう、百尺下の水の心を。水のふかさを。」巌流島の戦いで武蔵が小次郎に勝った後、小次郎側の人々は、武蔵が帰り道を怖がって、トドメを刺すのを忘れて行ったと批判した。しかし、それは、武蔵の小次郎に対する愛情と尊敬と恩から成るものだった。批判した人々が『雑魚』で、『水のふかさ』は小次郎に対する武蔵の思いか。

 それだけだとしたら、担任の先生の感想には至らない。この長編のいくつかの場面に『雑魚』と『水のふかさ』があるように思う。「(武蔵は)自分の凡質を知っているから、絶え間なく、研こうとしている。人には見えない苦しみをしている。それが、何かの時、鏘然と光って出ると、人はすぐ天稟の才能だという。」という場面では、『水のふかさ』は人には見えない苦しみだ。

 吉川英治は昭和十一年に書いた序で、無気力に堕している近代人的なものへ、祖先たちの強靱なる神経や夢を甦らせたいと言っている。また、前のめりに行き過ぎやすい社会進歩の習性にたいする反省の文学としても意義があるとも。平成の今に書かれてもそのまま通じるのではないだろうか。

                        

 (特定非営利活動法人 熊本子どもの本の研究会会員 山鹿市在住)