私の一冊 375号

『大東亜戦争BC級戦犯 熊本県昭和殉難者銘録』

  • 『大東亜戦争BC級戦犯 熊本県昭和殉難者銘録 』
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  • 長井魁一郎 編著 (私家版) 
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  •                         宮下 和也        

 前掛けというのか前垂れというのか、商家の屋号が入った厚手の布を腰に巻いた仕事姿を昔はよく見かけた。熊本市の指定文化財建造物「御馬下の角小屋」館長だった長井魁一郎さんは、この前掛け姿で古文書整理をしていて、館長らしからぬひょうひょうとした様子が印象的だった。二十年以上も前。大正九年生まれの長井さんが七十を越した頃だ。

 当方は三十前の駆け出し記者で、取材を通じて親しくしていただいた。新聞社が主催する熊日文学賞の受賞作家であり、郷土史家としても複数の自治体史編纂に参加。充実の日々を送っておられるように見えたが、ある時、「思うところあって」すべての仕事から手を引いたと聞かされた。

 本書の取材、執筆のためだった。刑死または獄中死した県出身のBC級戦犯は五十人余りが知られていたが、長井さんは丹念な調査で、計六十一人の存在を明らかにした。捕虜虐待などの罪に問われた人々の多くは命令に従っただけで、冤罪も少なくなかったとされる。本書には彼らの資料や遺書に加え、作家が各人の生家を訪ねてつづった「行脚紀行」が収められている。

 心臓を患っていた長井さんはこの「行脚」で、徒歩か公共交通しか使わないという枷を自分に課した。一度、同行した際にその理由を尋ねると、「これは『行』ですけん」と笑った。自らも六年にわたり大陸を行軍した長井さんにとって、戦争とは歩くことだった。

 あと数人の行脚を残し、長井さんは戦後五十年目の夏、平成七年八月一日に亡くなった。三年忌を前に上梓された本書の序文(永野光哉氏筆)に、その思いが尽くされている。「(長井さんは)一兵士として戦争にこだわりながら、戦後の半世紀を歩き続け、なお歩きながら逝かれた人でありました。本書を手にしたすべてのみなさまが、この老兵の志をお酌み取りいただき、平和への誓いを新たにされますことを祈ってやみません」

                      

 (熊本日日新聞編集2部次長)