私の一冊 370号

『いそがしいよる』余談ばなし

いそがしいよる
  • 『いそがしいよる』余談ばなし
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  • さとうわきこ さく・え (福音館書店) 
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  •                         さとう わきこ        

 「ばばばあちゃんのはなし」で一番最初に絵本になったのは『いそがしいよる』でした。この話は、福音館の母の友に短編童話として書いたものですが、その後次々とお話を創り「ばあちゃんの ゆりいすばなし」として後に登場する作品作りのきっかけとなったものです。

 この作品は、お月さまを見るということから話は始まります。誰でも見るであろう月の出について印象深い体験があったのです。それは私が二十歳後半の頃のことです。宮澤賢治の年譜を作っていた堀尾青史先生から、東北の宮澤賢治の生家に行く話を聞き、私と友人が、お手伝いすると称し先生にくっついて出掛けたのでした。着いた所は陸中松川という田舎の駅で、村長さん経営の駅前旅館に荷をおろしました。そこから東北炭カル工場(昔はこんな名前だったと思う)社長宅へ急行。社長宅に来た賢治の手紙を写したのでした。丸っこい大きな字が原稿用紙から度々はみ出しているだけでは無く、きれいな大きな字なのに読みにくい字の一つ一つを、丁寧にひろって、正確に写し書いたので、時間がたちまち過ぎてしまい、帰路に着いた時には真っ暗でした。

 晩年の賢治が病気と戦いながらの時間を人々の為に費やしたと思うと、皆少しうつむき加減でした。先生の懐中電燈だけを頼りに坂道を下っていくと、山の上にピカリと光るものが見え、「何かな」といっている内にも大きなお月さんが出て来て、道を照らしました。その美しいこと。皆うれしくなって子どものように手をつなぎ「お月さん いくつ‥‥」と歌いながら坂道を下ったのでした。そして、この時のすばらしい感動はあとあとまで残りこの絵本が出来たのだと云って良いと思います。

 この後、花巻市内の清六さんが住む賢治の生家を訪ね、くるみごはんをいただき、おみやげに「だいじにしてね」と云って渡してくれた石。今でも大切に持っています。石はジャスパー。その後、石ころマニアになった私。今では石ころに心をなぐさめられています。

                      

 (絵本作家)