私の一冊 369号

『島原・天草の諸道』 (街道をゆく 17)

ある家族の会話
  • 島原・天草の諸道 (街道をゆく 17)
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  • 司馬遼太郎 著 (朝日文庫)     福澤 光祐        

 このシリーズは、作家・司馬遼太郎の紀行文である。そして、筆者が亡くなるまで43冊が出版されているが、国内をはじめ、アジアやヨーロッパを記したものもある。歴史文学を専門とした祐筆そのままに、旅で出会った人々、風景描写に加え、土地々々の様々な歴史的な素材を風景とともに書き記している。

 この本では、長崎県島原地域から旅をはじめ、口之津港から海路、熊本県天草市の鬼池港に渡り、天草下島南部の崎津カトリック教会に至るまでを旅し、見聞したことをまとめている。天草・島原という土地柄、その紙面の多くを天草・島原の乱に費やしているが、筆者は、「島原ノ乱の本質は、宗教一揆ではなかった」と記し、その本質を、苛斂誅求を極めた藩主の苛政が原因であったとし、その圧政ぶりを「ここまで追いつめられれば、魚も陸を駆けるのではないか」と書く。

 しかし、彼はこの乱を陰惨な歴史として描くだけではない。八代海を挟み、文字通りに対岸の火事として見守った細川藩の視点や、郷土に生きた偉人、更には後世この地を訪れた北原白秋に触れ、次のように紹介している。

 「天草は、旅人を詩人にするらしい。まして詩人が旅人であれば、若い日の北原白秋たちがそうであったように、鳴き沙のなかにはるかな西方の浪の音まで聴きわけ、歴史という空虚のなかにまで吟遊して歩く人になるのかもしれない。」

 この本に出会って約20年あまり。思いがけず、昨年の7月から熊本県に赴任となり、ドライブ気分で訪れることができる距離に暮らすこととなった。筆者がここを旅したのは冬。私も時期を見て、美味い島原の魚を食べることを口実に、彼の足跡を辿って天草諸島の歴史探訪をしてみたいと考えている。果たして私は詩人となれるだろうか。

                      

 (熊本県教育庁 教育総務局 社会教育課長)