私の一冊 367号

『あなたにあいたくて生まれてきた詩』

あなたにあいたくて生まれてきた詩
  • あなたにあいたくて生まれてきた詩
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  • 詩を選んだ人 宗左近   (新潮社)
  •      小山 一行         

 あのねママ/ボクどうして生まれてきたかしってる?/ボクね ママにあいたくて/うまれてきたんだよ

 『ママ』と題するこの作品は、三歳の田中大輔くんが話しかけてくる言葉を、母親が書きとめたものだという。これに対して「詩を選んだ人」宗左近は、大昔から世界中の哲学者や文学者が思い悩んできた人生の意味という難問を一挙に解決している、と驚嘆し、「この作品は、初めての発見といっていい。それこそが、詩です。そして、宇宙と人間を結ぶ愛の力を詩が差し出すとき、詩は宗教と同じものとなるのです。」と述べている。

 しかし、本書は単なる「子供の詩集」ではない。宮沢賢治や谷川俊太郎をはじめとする著名な詩人の作品から、市井に埋もれた詩集に至るまでを視野に入れ、撰者がその感性と洞察を傾けて選び出した84編の言葉の宝石箱である。それぞれの作品と、そこに添えられた短評を読み進めるうちに、わたしたちはいつしか、人間が人間となった太古の瞬間、すなわち言葉が誕生する秘密へと誘われていく。

 近年の霊長類研究の成果によれば、人間に最も近い類人猿とされるボノボには記号を使って人と対話する能力があるという。しかし、それはあくまで意思疎通の道具としての言語という限定を超えるものではあるまい。言葉の本質は伝達ではなく存在そのものが発する叫びであり、それが詩であるとするなら、「詩は宗教と同じもの」という言葉もあながち誇張ではないと思える。

 わたしはこの本を読みながら、今からおよそ二千年の昔、インドに生まれた学僧ナーガールジュナ(龍樹)の言葉を思い出していた。

 究極の真実は、言語を超えたところにある。しかし、言葉によらなければ、その真実を知ることはできない。(『中論』)

                              

 (武蔵野大学教授)