私の一冊 362号

『たたかいの人―田中正造』

たたかいの人―田中正造
  • たたかいの人―田中正造
  •     
  • 大石 真 著 

    (フレーベル館)
  •   安田 晶子 

 「渡良瀬川」からイメージするのはなんだろうか。最近では森高千里の歌かもしれない。「きれいな所で育ったね」と美しい河原の風景が歌われている。渡良瀬川流域は、かつて足尾銅山の激しい鉱毒に苦しめられ、「見わたすかぎり一木、一草生えていなかった」土地である。日本の自然には公害で汚染された土地も「きれいな所」に回復する強さがある。この「たたかいの人」は、足尾鉱毒とたたかった「田中正造」の伝記である。正造は正義のためにたたかい、痛めつけられでもまた回復してたたかった。田中正造は、大地のように強かった。

 本書は、役人に負けず、警察に負けず、正義のために常に怒っていた正造の政治冒険物語だ。田中正造と、鉱山経営者の古河市兵衛の生涯を対とし描いた歴史物語だ。歴史は著者の姿勢で善悪が変化する。この作品では市兵衛も全くの悪としては書かれていない。日露戦争を背景に、足尾銅山は増産の使命を課せられていた。その使命を課したのは誰なのか。

 時は、それまでの藩閥政治にかわるべく第一回の総選挙が行われ、その翌年の大洪水で渡良瀬川一帯に被害で鉱毒が広がった時代であった。衆議院議員に当選した正造は、被害調査や救済に尽力した。その力でできたことは驚くほど多い。けれども、できなかったこともまた多いのだ。

 あとがきには「民主主義の危機がさけばれ、また、企業のもたらす公害がつぎつぎとわたしたちのいのちと生活をおびやかす現代にあって、正造の生涯は、ますます重い意味をもって、わたしたちにといかけるのをやめない。(初版は昭和四十六年)」とある。今なお、今まさに、である。この7月に選挙が終わったばかりだ。お札に田中正造が描かれるような日本になったらいいなあと思う。子どもたちに田中正造を知ってほしいなあと思う。

                                         

(熊本子どもの本の研究会 会員)