私の一冊 360号

『バーネット自伝 わたしの一番よく知っている子ども』

君たちはどう生きるか
  • バーネット自伝 わたしの一番よく知っている子ども
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  • フランシス・ホジソン・バーネット作、松下宏子・三宅興子編・訳

    (翰林書房)
  •   三宅 興子 

 思い起こせば、「子どもの本」を専門領域に定めて文学研究を始めてから五十年が経ちました。本当に五十年?と自分にびっくりしています。飽きることなく、年々面白さが深まっていきました。

 ここ数年、『小公子』『小公女』『秘密の花園』の作者としてよく知られているバーネットの子ども時代の回想記(三歳から十六歳ころまで)の翻訳と取り組んでいました。子どもの内面はどうなのかを「自分」を対象にして語っていますが、書きながらバーネットがどんどん乗ってくることが文章によく表現されていて、読者を引き込んでいきます。子どもがいわゆる「子どもらしい」可愛いものではなく、クラスメートの死体に触れて天国にいったとされる大人の言質に矛盾を覚えたことを思い出し、また、パーティの華やかな席にいながら「本当に自分はここにいるのか」という虚無感のようなものを感じたことが描かれています。大人になって忘れてしまっていますが、記憶を辿り、深く入っていくと、子どもが世界を把握していくその能力に驚きます。

 私たちは「内なる子ども」を抱えて生きているとよくいわれますが、バーネットの自伝を読み、作品を再読してみると、作品を動かしている源が「内なる子ども」にあったのだと腑に落ちるところが多々ありました。これまで翻訳は苦手と決めて避けきましたが、自伝が未訳なのがなんとも残念だったので手がけてみたのです。バーネットは子ども時代を、イギリスのマンチェスターで過ごしています。父を亡くし、母の手で成長していく中で、綿織物の工場の煙の公害を体験し、また、南北戦争の影響が不況になって経済的に行き詰まったため、十五歳のとき、家族でアメリカに移住します。そこでも経済的に困窮し、お金ほしさに雑誌に作品を発表することで作家になっていきます。ヴィクトリア時代の一つの家族の歴史としても面白い読み物だといえるとおもいます。自分が子どもの本の研究をしてきた意味を見つめ直すことができた仕事でした。

   *2013年6月27日 発行(翰林書房)2800円                                        

(財団法人大阪国際児童文学振興財団理事長)