私の一冊 354号

『影との戦い ゲド戦記Ⅰ』

君たちはどう生きるか
  • 影との戦い ゲド戦記Ⅰ
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  • ル・グウィン/作  清水真砂子/訳 (岩波書店) 
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  •      坂田 未央 

 本書に出遭ったとき、私は20代も後半の、いい年をした大人だった。当時、同世代の女性二人と雑誌を編集していて、そのうちの一人、(ちなみにもう一人は『初茜』デザイン担当の飯塚久美子さん)児童書をはじめ幅広い読書体験をもつKちゃんが勧めて貸してくれたおかげである。一気に読み終わって、押し寄せる感動に胸を熱くしながらも「あー、あと10年早く読んでいたら!」と歯噛みした。若く、肥大した自意識に押しつぶされそうになっていた頃、悩んでいたあの頃に、この名作に出遭っていたら、どれほど勇気づけられたことだろう――と。

 「魔法の学院」や「くりひろげられる魔法」など、夢のあるモチーフにもかかわらず、この物語は最後まで内向的で暗い。それは作者が、主人公の内面の烈しい成長を、安易なファンタジーの枠におさめず、すごいリアリズムで描いているからで、読者もおのずと、みずからの心の井戸を掘り進むような作業を強いられる。大魔法使いになる潜在力を生まれもった若きゲドは、ライバルへの「憎しみと高慢の心を動機に」、使ってはならない魔法を使い、その結果、「影」を呼び出してしまう。影はゲドの生命を危うくするほど傷つける。恐怖から逃げようとすればするほど、影は力を増す。敬愛する師・オジオンから、逃げるのではなく向き合え、と助言を受け、ゲドは一転、影を追う。息詰まるような攻防のすえ、さいはての海で親友に見守られるなか、ゲドは自分と同じ名を名乗る影を、やっつけるのではなく、抱きしめ、一体化する。

 良いも悪いもふくめて自分のありのままと向き合うことは、ときに死にたくなるほどつらい。それをやり遂げたゲドは、「すべてをひっくるめて、自分自身の本当の姿を知る者は、自分以外のどんな力にも利用されたり支配されたりすることはない」存在となった。はてしない道のりだが、ゲドの物語に重ねて、私もまた怖れずに向きあっていこう、と奮い立つのだ。もし今、暗いトンネルの中でひとりぽっちでいるような気持ちの若い人がいるなら、きっと私は、この本を差し出したいと思う。

                                         

特定非営利活動法人 熊本子どもの本の研究会 会員