私の一冊 350号

『光車よ、まわれ!』

レイモンド・カーヴァー傑作選
  • 『光車よ、まわれ!』 
  •     
  • 天沢退二郎 著 (ブッキング)          
  •       堀畑 真紀子         

 1970年頃の東京。主人公は小学6年生の一郎と隣町の小学校に通うルミ。物語は、同じクラスの3人組がまっ黒な大男に見えたり、水たまりの中にまっ黒な顔を目撃したりする、一郎の異変から始まる。周辺では、深さ2センチの水たまりで10歳位の男の子が溺死するという事件が起きていた。一方、ルミは家のベランダから、まっ黒な大男達を目撃したことで事件に巻き込まれる。この異常事態に早くから気づいていたのが、龍子を中心とするグループである。彼らは龍子の祖父の助けを借りて、三つ重ね合わせると「水の悪魔」と戦うことができるという「光車」を探していた。一郎とルミは龍子達と行動を共にすることになる。

 本書は、詩人で、フランス文学や宮沢賢治の研究者でもある天沢退二郎の長編物語である。公害や日米安保など当時の社会問題、また聖杯伝説、宮沢賢治の世界を背景として描かれている。

 今回、紹介するのは比喩表現である。天沢作品の特徴的なモチーフは、粘液や汁である「液体」である。本書では排水・廃液による汚れた「液体」と解釈できる。始め、道路を流れる水が「生きものの舌のさきか、水銀のなめくじ」のように「はうように、ゆっくり、まっさおにひかりながら」一郎達に近づく。次に、「光車」を求めて一郎達が動き出す時、「まるで歯ぐきから血がわくように、石段と石段のあいだから、ずるずるすきとおった水がにじみ出て」くる。歯茎から内の血が溢れ出るように、水は、水のないはずの場所を「ずるずる」と液体を引きずるように、地下水から水を吸い上げ、溢れさせる。この時から、敵の瀰漫、跳梁がはじまる。クライマックスでは、大雨の中、川や用水路、地面から溢れ出た水が「白いへび」のように「うねりながらぐいっと鎌首をもちあげて」容赦なく一郎達に襲いかかる。この「水」のイメージ豊かな比喩表現は、物語に緊張感とスピード感をもたらす。それは、水を生き物として表現することで、述語が動的表現となり、場面に動きが生じる。さらに、これを連続的に使うことで、場面が動画のように流れるというわけである。

 文学は、詩的要素と散文的要素の共存である。本書は、この二つを兼ね備えた優れた作品である。

                                          

(特定非営利活動法人 熊本子どもの本の研究会 会員)