私の一冊 349号

『レイモンド・カーヴァー傑作選』

レイモンド・カーヴァー傑作選
  • 『レイモンド・カーヴァー傑作選』 
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  • 村上春樹訳  (中公文庫)          
  •       橋元 俊樹         

 いま、手元にある『レイモンド・カーヴァー傑作選』(carver‘s dozen)の奥付をみると1994年の刊行になっている。その年、私は54歳だったはずだ。私の英米短編小説彷徨の終着点、それがカーヴァーである。

 始まりは、グレアム・グリーン。多分高校生時代『情事の終り』に魅せられた私は、グリーンを読みあさった。「第三の男」や「落ちた偶像」などの映画の影響もあったようだ。大学時代に買ったグリーン選集の『二十一の短編』の冒頭にある「地下室」は映画「落ちた偶像」の原作である。大学に入って間もなく友人に教わったのがJ・Dサリンジャーだった。日比谷高校出身の彼は高校時代に『ライ麦畑でつかまえて』を読んでいて、「サリンジャーを知らないのか」と言われてあわてて読んだ記憶がある。サリンジャーも読み漁ったが、最も気に入ったのは短編集『nine storys』だった。中でも「バナナ魚には理想的な日」は主人公がピストル自殺を図るまでの海辺の一日を描いた衝撃的な作品で印象が強い。

 40歳を過ぎてから出会ったのが「ニューヨーカー」の作家たちで、アーウィンショーとジョン・アップダイク。『結婚しよう』『カップルズ』など話題になった長編も面白かったが、短編の魅力は何物にも代えがたい。『same door』の「美術館と女たち」「鳩の羽根」など忘れられない作品だ。

 そして最後にたどりついたのがカーヴァーである。レイモンド・カーヴァーの魅力を一口で言えば奇妙な味わいということになるだろうか。彼の作品に出てくる人物の大半は、いわゆる知識人ではない。高校卆でブルーカラーとして職を転々とし、アル中だった経歴の所為もあるのだろうが、そのまなざしの優しさはまた格別である。『dozen』の中から選べば「ささやかだけど役にたつこと」「ぼくが電話をかけている場所」「大聖堂」が私のお勧めベスト3である。

                                        

(熊本県文化協会副会長)