私の一冊 348号

『至福の境地』

348号私の一冊
  • 『至福の境地』 
  •     
  • 曽野綾子 著(講談社)          
  •       米山 尚子         

 最初に読んだ作品は、『不在の部屋』で、当時、22歳だった私は、修道院の生活を赤裸々に描いた小説に興味を持った。以来、ずっと注目し続けている女流作家だ。

 「生活が私の書くための第一の原動力になっている。これは直接体験だ。次が読書でこれは体験したものに光をあてるためである。」という姿勢の通り、教育問題から、子どもの躾け、福祉、自然と災害、国際問題までも、自分の目で確かめる為の取材力には圧倒される。

 作品の根底にあるものは、キリスト教であり、多分、私はそこに魅かれているのだと思う。私は信仰しているわけではない。

 しかし、好きな作家の多くが、クリスチャンであることが多い。それが、何故なのかを知りたくて、愛読しているのかもしれない。

 

 私が、どんな状態の時でも、読むことができ、心が解放され、楽になる。押しつけがましくなく、何事にも、とらわれない自由な発想と、冷静な判断力で、日常生活を送っておられるのだろう。

 「小説は虚業だが、実業の家事は、かなり、有能なつもりである」と、言い切る所など、目からウロコが落ちるようであった。実際、有能な主婦とはいえない私が、仕事を持ち、家事を適当にやっていることが当然と言えば当然だが、これでは、いけないと思い知らされるのである。たった、この一行で。好きな作家の言葉の影響力は、実に大きい。 

 私は、子ども達に、知識だけは身につけてほしいと願ってきた。戦争や自然災害で、家や財産を奪われても、知識だけは、誰にも奪われることはないからだ。生きた知識、それが、曽野綾子の作品の最大の魅力である。

 夏休みに、帰省した子供達に、薦めてみたい本である。そして、明日から有能な主婦になる努力も怠らないつもりである。  

                               

 (特定非営利活動法人 熊本子どもの本の研究会 会員)