私の一冊 347号

『タイムマシン』

タイムマシン
  • 『タイムマシン』 
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  • H・G ウェルズ著/橋本槙矩 訳(角川文庫)          
  •       安田 雅俊         

 昨年9月、光より速い素粒子(ニュートリノ)をみつけたというニュースが流れ、今年6月、それが撤回された。なぜ、そんなことが大きな話題になるのかというと、物理学では、光より速い速度で移動する物体は時間を過去へと遡ることになるからである。

 人間は昔から、時間を自由に行き来することを夢見てきた。空想科学小説(SF小説)において、時間旅行を可能にする装置をタイムマシンという。史上、タイムマシンのアイディアは、H・Gウェルズの『タイムマシン(1895年)』によって初めて広く一般に紹介された。

 この作品は、未来への時間旅行から帰還した主人公が語る体験を、彼の友人が書き留めた記録という体裁をとっている。19世紀末の優れた科学者である主人公は、自作のタイムマシンに乗りこみ、80万年後の未来に時間旅行して現代(19世紀末)に帰還する。一見、ユートピアにみえた80万年後の人類社会は、実は現代からつながる、いびつな階級社会のなれの果てであった。物語の最後で、主人公は、先の時間旅行で出会い死別した未来の恋人を救うために、再度タイムマシンに乗り込み、未来へと旅立つ。

 100年以上前の作品であるにもかかわらず、 H・G ウェルズの『タイムマシン』 にはまったく色あせない魅力がある。空想の産物とはいえ、タイムマシンという道具がいかに偉大な発明であったかは、その後のSFに「タイムトラベル」というジャンルが確立したことからもよくわかる(たとえば日本では、ドラえもん、時をかける少女、ジパング、テルマエ・ロマエなど)。

 タイムマシンがあれば過去を変えることもできる。それが許されるなら、あの災厄と事故を未然に防ぐこともできるだろう。しかし、光より速い素粒子は存在せず、過去へさかのぼるタイムマシンはできそうにない。それならば、次の事故を未然に防ぐために正しい決断を下すのが「今」を生きる者の役割なのではないだろうか。

                                 

(生態学者・熊本市在住)