私の一冊 345号

『医者は現場でどう考えるか』

私の一冊 345
  • 『医者は現場でどう考えるか』 
  •     
  • ジェローム・グループマン 著/美沢惠子訳(石風社)          
  •       和泉 邦彦         

 ヒューマンエラーに関する研究は数知れない。保険会社によるリスク計算、航空業界や原発における事故防止対策、生産業の不良品減らし活動、経済学の意思決定に関する研究などが、データの蓄積と理論の発展をもたらし、登山のような趣味や冒険の世界でも、安全をキーワードにハイテク化・システム化が進む。医療ももちろん例外ではなく、近年、医療訴訟対策から医療費削減へと目的が変わりながらも、「ミス(過誤)」を減らす取り組みはずいぶん進んだ。

 一方、統計学的な傾向に基づく「臨床アルゴリズム」に則った診療を義務付けられる現代の医師に、「エラー(誤診)」を回避することは、どのようにして可能か、を問うのが、本書のテーマである。著者は、医師が診断を下すとき、ベイズ分析ではなくヒューリスティクス(発見的問題解決法)に拠ることを認め、その落とし穴と危険性について教育することの重要性を語る。そして、我々患者が、医師の「誤診」を免れるためにできることを示す。

 病院で薬剤師をしている私もまた、薬の投与量に関しては、ベイジアン法の計算結果よりも、自分の直感による用量を医師に推奨することの方が、実は圧倒的に多い。だが、後輩から「意思決定の過程」を尋ねられて、うまく答えられた例がない。この本に出合ったのは、もしかしたら私は時代遅れの「KKD(経験と勘と度胸)」の医療人かも、と悩んでいたときだった。だからこそ、ここで語られる「落とし穴」は身につまされ、今や座右の書となっている。

 「医師は優秀だから、組織が管理するまでもなく個人で安全を確保できる」という驕りが、医療分野の安全管理の発展を遅らせた、といわれた時期もあった。が、「落とし穴に落ちた優秀な専門家」といえば、まさに原発ではないか。交通機関の事故も絶えず、山岳遭難も増加の一途。本書で語られる意思決定の落とし穴は、業種や趣味を問わず、あらゆる人が、一度、検討してもよいと思われる。

                     

(特定非営利活動法人 熊本子どもの本の研究会会員 名古屋市 在住)