私の一冊 344号

『神話的時間』から考える

私の一冊 341号
  • 『神話的時間』 から考える
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  •       金子 玲子         

2月、続けて読んだ本の中に「鶴見俊輔」の文字を見つけた。2冊はあまり関係のないジャンルなので、連続して目にした時にはうれしくてニヤッとした。  まずは歌人、河野裕子・永田和宏夫妻の「たとえば君」(文藝春秋)に「・・・・裕子を誘って近所の散歩。ちょっと嫌がったが、長谷神社の横を通って鶴見俊輔先生の家の横までひとまわり」(257p)とあって、へえ、ご近所なんだ、と遠い北海道でなにか親近感がわき、また次に読んだ「沈む日本を愛せますか?」(内田樹・高橋源一郎著、ロッキング・オン)で「僕はね、日本の将来のことを考えると、いつも10年くらい前に鶴見俊輔が言った言葉を思い出すんだ」(48p)と高橋源一郎さんが言っていた。その言葉はずしんと響いた。

もとはと言えば、この研究会が刊行した「神話的時間」が鶴見先生を知るきっかけだった。今から18年ほど前のことだろうか。その頃ははじめての子育てに悪戦苦闘していた。おむつ替え、授乳や夜泣きの雑然とした毎日・・・子どもが成長する喜びもあるが、自分の時間がなくなり社会との関わりも少なく息苦しかった。そんなわたしをこの本はらくにしてくれたのだ。子どもと生活を共にすることは「神話的時間」を生きていると。「人間が生きるうえで重大な愉しみ」に接していると読んだ時は頭が広がるような感覚を憶えた。

子どもだけでなく、自分の死や親しい人の死に直面する時も「神話的時間」に接するとある。

実は3月に読んだ「瓦礫の中から言葉を」(辺見庸著・NHK出版新書)に「神話的破壊」(76p)という言葉が出てきてドキッとした。東日本大震災のことである。この言葉の意味を今は考え続けている。

それもこれも、「神話的時間」を教えてくださった鶴見先生、研究会に出会ったからこそ、本当にありがたく思う。そして多くの読書時間をくれる長い北海道の冬にも、感謝。

                                    

(特定非営利活動法人 熊本子どもの本の研究会会員・北海道余市郡 在住)