私の一冊 341号

レ・ミゼラブル

私の一冊 341号
  • 『レ・ミゼラブル』 
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  •   ビクトル・ユゴー著         
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  •       蒲島郁夫         

 小学校3年の時、兄が借りてきたこの本は、自分の人生の土台を作ってくれたと言っても過言ではなく、私にとって間違いなく運命の一冊である。

 『レ・ミゼラブル』とは、「貧しき人々」「虐げられた人々」の意味であるが、日本で最初に翻訳された時は、「ああ無情」というタイトルであった。貧しさから一片のパンを盗んだため、19年もの間、牢獄生活を送らねばならなかった主人公ジャン・ヴァルジャンの悲惨な境遇を嘆いた邦題となっている。

 当時の我が家も、とても貧乏であったため、恵まれない主人公の境遇に対してすぐに共感することができ、世の中にはなんと悲しい人もいるものだと、自分を客観視できるようになったことを覚えている。

 起伏の富んだストーリー展開に引き込まれ夢中で読んだが、印象に残っているのは、主人公が、助けてもらった司教に対して、今後は、常に正直に、誠実に生きていくことを誓うシーンである。当時、子どもなりに、この本から人生の哀れや人の多面性を感じ取り、正直に生きることの大切さを教えてもらった訳だが、そのことは、私が知事になった今でも役立っている。

 作者であるユゴー自身も、大きな変革の時代に生まれ、波乱に富んだ人生を送っている。クーデターで就任した皇帝を批判したため、19年もの間、国外追放の身となっていて、帝政が倒れた直後、熱狂的な群衆に迎えられパリに帰還している。彼が亡くなった際には国葬で送られ、200万人もの市民が凱旋門に集まり別れを惜しんだそうである。

 この本と出会った頃にはそのような生い立ちを知る由もなく、将来はユゴーのような小説家になりたいと、子供心に夢を抱いたものである。 その後、実際に学者として数々の本を執筆するようにもなったが、読書の喜びを知るには、やはり、子どもの頃に、このような素晴らしい本との出会いが何よりも大切だと感じている。

 一冊の本の中には、日常とは全くかけ離れた世界が広がっており、私にとって、本は、人生の幅を広げてくれ、“夢への架け橋”となってくれるかけがえのない存在である。

                                    

(熊本県知事)