私の一冊 340号

カッレくんの冒険

私の一冊 335号
  • 『カッレくんの冒険』 
  •     
  •   アストリッド・リンドグレーン作        
  •    尾崎義 訳 (岩波少年文庫) 
  •       佐々波 幸子

 リンドグレーンを『長くつ下のピッピ』の作者として知る人も多いだろうが、私は「名探偵カッレくん」のシリーズ3作を繰り返し読む「カッレ派」だった。すっかり影響を受け、友だちと探偵団をつくり、訓練と称して怪しそうに見える大人を尾行した。まわりに人がいても秘密を伝え合えるよう、カッレたちが使っていた「山賊のことば」も練習した。小学生のころに出会い、中・高校時代に読み返し、大人になっても引っ越しのたびに持ち歩いてきた。

 舞台はスウェーデンの田舎町。推理好きのカッレ、陽気で活動的なアンデス、勇敢ですばしこいエーヴァ・ロッタの3人組の夏休みが描かれている。庭の芝刈り、イチゴ畑への水やり、親が営む食料品店や靴屋の店番。こんな手伝いをこなしながら白バラ軍を結成し、宿敵赤バラ軍と「聖像」を奪い合うバラ戦争に夢中になっている。赤バラは郵便局長の息子シックステン、おんぼろ丘に住むユンテ、元来は物静かなベンカの3人組だ。暮らし向きに差はあっても、子どもたちへの影響は感じられない。この2作目では、バラ戦争のさなかに13歳のエーヴァ・ロッタが殺人事件の目撃者となるが、どんなに怖い思いをしても、しばらくすると、はつらつとした陽気さを取り戻す。ゴム鞠のような子どもの弾力性が一貫して伝わってくる。

 今回読み直し、なぜそんなに惹かれ続けてきたのかが分かった。それは、煙草の空き箱を足の指でつかんでひょいっと川へ投げたり、ひとつかみのサクランボを歩きながら食べたり、夕飯時に家に帰るのがいやになるほど「戦い」に夢中になったり、そんな子ども時代のわくわくする感覚が、ぎゅっと詰まっているからだ。マロニエの花、地主屋敷、パン屋の屋根裏部屋……。外国へのあこがれを、読むたびにかきたてたられたことも思い出した。

 親のまなざしも温かい。カッレが夕方、町はずれの大平原で格闘し、シャツを破いて帰ってきても、パパはたいして小言をいわない。年をとって落ち着いても、やはり昔、大平原でシャツを破られたことを思い出し、心動かされるからだ。いまや息子がカッレたちと同年代の14歳になり、私もエーヴァ・ロッタのママ、リサンデルおばさんより年をとっただろう。それでもまだ、自分のなかに息づいている子ども時代の感覚を、この物語に登場する大人たちのように忘れずにいたいと思っている。

                                    

(朝日新聞記者)