私の一冊 334号

綴方教室

綴方教室
  • 「綴方教室」 
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  •   豊田正子 著   (新編 岩波文庫)         
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  • 中川 李枝子

 今は昔、放射能ではなく空襲から身を守るため、東京の小学生に学童疎開令が出たのは私が九つ、三年生のときです。札幌の祖父母に預けられました。両親との別れよりも先生や友だちとの別れの方が私には辛く、信州へ集団疎開するグループを羨みました。だって朝も夜もずーっと一緒にいられるのですから。学校大好きの私は、空襲のサイレンが鳴ると家に帰されるのが残念で戦争を恨みました。学校で友だちと会うのだけが楽しみなのに― 。同級生は皆、見たい・聞きたい・話したい年頃、モーレツなおしゃべり揃いです。特に「戦争になる前」の話になると想像力はフル回転してタイムスリップの醍醐味に浸りました。さあ、札幌ではどうかしら― 私はとても不安でした。

 すると思いがけなく、札幌の学校で歴とした東京の女の子「豊田正子さん」に会いました! 担任の若い美人の小笠原恵子先生が毎朝『綴方教室』を朗読してくれたのです。

 まさに戦争前、昭和初期の子供の生活が目に見えるように生き生きと書かれています。

 大人も子供も自由奔放、言いたい放題、泣くも笑うも怒るも勝手、近所付き合いは開けっ広げ、面白いったらありません。何よりもいいのは出征も空襲もスパイも灯火管制も防空演習もないことでした。それにお金が入ればお米でもお菓子でも買えます。正子即ちまあちゃんがお米を研いでご飯を炊くのには驚きました。ホウレン草をさっと茹でて醤油をかけ、熱いご飯にのせる場面は今も私の目に焼きついています。本当においしそう!

 雪の日、長靴代りの「はだしたび」は、まあちゃんがはくと素敵で私も真似したくなります。まあちゃんのすべてが私を引きつけました。『綴方教室』が楽しみで先生にも友だちにもすぐ馴染みました。

 毎晩布団に入ると、私は心の友まあちゃんにぴったりくっついて、その日の綴方を反復するのでホームシックになる閑はありませんでした。

  

 (児童文学作家)