私の一冊 333号

グスコーブドリの伝記

  • 「グスコーブドリの伝記」 
  •     
  •   宮沢 賢治 作         
  •  
  • 大島 広志
                                   

 東北新幹線の新花巻駅近くに「宮沢賢治記念館」がある。そこで買い求めた賢治の『銀河鉄道の夜』の自筆原稿コピーは、ずっと私の書棚の一角を占めている。繰り返し推敲していた真摯さと文字のやさしさが、原稿コピーからも窺える。

 この賢治の作品の中で、時折、ふっと胸をよぎるのが『グスコーブドリの伝記』だ。「グスコーブドリは飢饉の時に孤児となる。成長したブドリは火山局で働くこととなった。そして冷害がやってきたとき、それを避けるためには火山島を爆発させて、気温を上げるしか方法がなかった。火山島を爆発させる仕事に行ったもののうち、最後の一人は逃げられないで命を落とす。ブドリは最後の一人の役目を全うした」という話。

 3月11日、東北の太平洋岸の地は、地震・津波・原発事故に襲われた。毎日毎日、被害の有様がテレビに映し出されている。五十日たった今も、その惨状は変わりない。一方、津波を防ぐために海に面した水門を閉めに行ったまま行方不明になった人がいた。お年寄りを避難させるために何度も町に戻り、そのまま帰らなかった人。津波に襲われる瞬間まで「津波が来ます。避難してください」と防災無線で住民に呼びかけた若い女性。このようなニュースを見聞きするたびに、賢治の『グスコーブドリの伝記』が思い浮かぶ。賢治を生み育てた東北の地に、たくさんのブドリがいたのである。

 日本の民話の『琵琶池の話』がある。「旅の琵琶法師が山の池の主の秘密を知る。村人に話すと命はないと主にいわれる。法師は村人を救うため、池の主の秘密を村人に教える。法師は死ぬ」という話。琵琶法師もブドリも東北の人も、自己を犠牲にして人々を助けたのではない。そうしなければならない自己を動かす強い力があったのだ。福島原発で作業する人もまた、ブドリの一人に違いない。

 民話に関わる者が、今何をなすかを考えるとき、東北のブドリの生きざまを、「語り」で後世に伝えることがあるのではないかと思う。

                                      

(民話研究者)