私の一冊 332号

石になった狩人

  • 「石になった狩人」 
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  • 『モンゴルの昔話』 (こぐま社)より        
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  • 吉朝 潤子

 東日本大震災発生から、今日で一週間になる。地震、津波、原子力発電所の事故と、連日の報道に驚き、心を痛めている。熊本の穏やかな青空の下、真っ白なこぶしの花を見上げている自分と、大災害が同時に存在することが、信じられない気持になる。

「石になった狩人」は、白ヘビを助けたアンチンフーが、お礼に鳥や獣の言葉が分かるようになる玉をもらう。けれども、玉のことを人に話せば、自分は石になって死なねばならない。ある日、玉の力で、火山の噴火と、土石流発生のことを知り、村人に知らせるが、根拠のない話として信じてもらえない。最終決断を迫られた時、アンチンフーは村人に玉の話をし、自分は石になってしまうが、村人は全員助かるという話である。

 今回の震災の中、アンチンフーになった人が、なんと沢山いたことか。津波を知らせる為に、最期まで町内放送を続けた人、原発の暴走を止める為に、命を懸けている警察隊員、自衛隊員、消防隊員など、など。この英雄的行為が、まさに私がここで生きている、この時になされている。

 

 二年前、「石になった狩人」を五年生に語った。語り終えた時、子どもたちと私の間の空気は、ピンと張りつめた糸のようになり、現実の世界にもどって来るのに、かなりの時間が必要だった。

 慈しんで育てられた人間の心には、アンチンフーが住み、普段は見えないが、極限状態で、他の命を守らねばならぬ時に、立ち表れるのではないか。五年生たちの心には、もう種は播かれていた。だから、あんなに、この話に引き込まれたのだと思う。大切に育てられた人間のいるところなら、世界中のどこにでも残っている話かもしれないと思う。

 報道を聞きながら、私も守られた命であるとヒシヒシと感じる。この命、どう生きるか。鋭く、重くつきささってくる。  失われた命のご冥福と、苦難に直面している多くの命が、一日も早く、安らぎの日々を取り戻されることを、深く祈る。

                   

(熊本子どもの本の研究会 会員)