私の一冊 328号

角笛吹く子

  • 『角笛吹く子』
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  •          小川未明作/     (小川未明童話全集一巻所収・講談社)
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  • 小 野 和 子

 小川未明の『角笛吹く子』(大正十二年)は、深く心に残る作品です。

 はだしで、黒い着物を着て、延びた髪は「はりねずみのように光って」いる男の子。彼は町の自動車や人々、村里の鳥や子ども、それに羊、あらゆるものにおびえます。そんな男の子を守るのは、黒い頭巾、黒い着物の老婆で、二人は町を逃れて北へ北へと歩き、白い雪におおわれた野原に出ます。ここに着くと、彼は懐から角笛を出して吹きはじめました。すると、どこからともなく無数の狼があらわれ、狼の背に乗った男の子は、角笛を吹きながら「太陽を威嚇」して走りつづけます。南の空からはしきりに、金色の矢が飛んできますが、みんな野原の上に落ちます。矢は雪をとかし、下からかわいらしい緑色の草が芽をふき出す、という暗示的な一文でおわります。

 小川未明は「子供は虐待に黙従す」という、自己の子ども認識を明示した文章を書いています。実に九十年前の文章です。そこで、子どもは、おとなとの対比でいえば、「対抗し得ない」絶対の弱者であり、つねにおとなの「手の下の罪人」であることを本質的に余儀なくされる存在であるとのべています。そして、彼自身が幼い日に味わった悲しみを通して、子どもという存在が拠って立つ場のたよりなさとはけ口のない不安とを作品に描きつづけた希有の作家です。しかし、昭和三十年前後、戦後の若い児童文学者たちによる、童話文学批判のなかで、未明の子ども認識は、その作品とともにつよく否定され、子どもの向日的なエネルギーだけが強調されるようになりました。

 ただ、未明はけっして子どもの「弱さ」だけを書いたのではありません。『角笛吹く子』でいえば、あらゆるものにおびえおののく男の子が、やがて狼の背に乗って北へ向かいます。狼よりも羊をこわがった子どもの不安は、解き放たれれば狼をも駆使するエネルギーにかわる姿を描いています。『赤いろうそくと人魚』『金の輪』『牛女』『野ばら』など、他に類を見ない未明の珠玉の作品群は、これらの朗読や語りやストーリーテリングに、もっと生かされることを願っています。

               

                   

(みやぎ民話の会・顧問)