私の一冊 327号

リンゴ畑のマーティン・ピピン

  • 『ロマネスク古寺巡礼』田沼武能写眞集
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    写眞 田沼武能/序文 柳 宗玄/解説 矢野純一  (岩波書店)

        
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  • 丸山 國生

 コンクへ行くきっかけになったのは、15年程前の新聞に載った小さな写眞が始まりです。それは田沼武能写眞集『ロマネスク古寺巡礼』の一ページで、中世の匂いが濃厚にその写眞から発散し、私においでと誘うのです。

 コンクは、フランス・ミディ・ピレネー地方の山深い場所にあり、サンチャゴ・デ・コンポステーラへの巡礼地として11、12世紀頃栄え、その後盛衰をくり返しながら細々と存続、現在362名の村民が、セントフゥワ大聖堂を守りながら生活している事が分りました。  それから2年後、コンクへの道は辺鄙で遠く山間部を縫う様に走りながらのタクシーによる到着となりました。「峠の向うがコンクだよ」との声に越えてみれば、ロッド渓谷に張り付く様に広がる村落は、石瓦のにぶき輝に覆われて、そこを抜けて通る石畳は、中世へと通じる導入部として心踊るものでした。

 3日間滞在、スケッチをしました。スケッチは相手との対話です。今回の相手は石です。石畳みでは、大石が中心線を主張しその脇を小石が固め、お前はこっち、君はむこうと親方の指示に従えば、勝手気ままに育ってきた石達が、おさまる所におさまって、コンクならではの幾何学模様を見せてくれ、そして一つ一つが歌いだし、ハーモニーとなり大合奏を奏で、それを指揮した職人達の自慢話が数百年の時空を超えて聴こえてくるのです。これを、耳を澄まして一つずつ描き取っていきます。壁の色模様、アーチの曲線、薔薇窓の繊細さ、それぞれが音程を変えて歌ってくれます。この壮大な空間に一人座し、10時間20時間と対峙する時、戦火、災害、風雪を越えて見せてくれる歴史ドラマにただ感動と感謝あるのみです。写眞家は未知の世界を追いかけて、忍耐と瞬間の感性で現場を切り取り見せてくれます。絵描きはそれを先兵として現場に座し、会話の中に相手を知り、描き取りそれを発酵させて絵を作るのでしょう。世界は広い。面白い。対話する相手が余りにも多く、来世も絵描きで過す事になりそうです。

                   

(日本画家)