私の一冊 323号

遠いむかしのふしぎな話 宇治拾遺物語

日本三文オペラ
  • 『遠いむかしのふしぎな話 宇治拾遺物語』
  •     
  •          川端善明著      (岩波少年文庫)
  • 森 正人
                                    

 宇治拾遺物語は入門期の古典学習の教材によく用いられますから、高等学校で習ったことを覚えていらっしゃる方も多いでしょう。あるいは、中学生がこの現代語訳を読むなら、高校での学習のかっこうの手引きとなるはずです。

 宇治拾遺物語は、鎌倉時代に編まれた短い話一九七を集めた作品で、説話集というジャンルに属しています。どの話も平易で、表現も簡潔、一見与(くみ)しやすいと思われがちですが、なかなかどうして、思わぬところに巧みな仕掛けがあって、読者を翻弄します。

 本書は、その宇治拾遺物語のなかから四七話を選び、現代語に直したもの。著者は、国語学者で、今昔物語集や古事談などの古典注釈も手がけている方です。解釈が緻密で厳正であるばかりでなく、ことがらと言葉に対する鋭敏な感性に、私はかねて敬意をいだいてきました。はたして、話の選択眼の確かさと軽妙な文体は、宇治拾遺物語の世界を現代にみごとよみがえらせています。

 たとえば、日本人なら誰もが知っている瘤取り爺さんの話が載っています。右の頬に瘤のある爺さんが、山の中の木の洞(ほら)で雨風を避けているところへ、大勢が近づいてきます。その様子を、はじめ「ガヤ ガヤ/ワイ ワイ ワイ」という声を小さな文字で印刷し、それが近づいてきたところを「ガヤ ガヤ ガヤ ガヤ/ワイ ワイ ワイ ワイ」と言葉を増やし、文字を大きくし、いくつかの文字の向きを90度、180度、270度転回して、鬼たちの動きが眼に見えるようです。また、原典の末尾に「ものうらやみはすまじきことなりとか」という教訓があることを紹介しつつ、わざと空白を設けて、読者にも教訓を書き入れるよう促すなどのいたずらも仕掛けてあります。

 なるほど、遠いむかしの話にはちがいありませんが、現代の私たちに身近な一冊となっています。

 なお、同じ著者により『聖と俗 男と女の物語 今昔物語集』(集英社)も今年刊行されました。

   

                               (熊本大学教授・熊本子どもの本の研究会会員)