私の一冊 319号

星の王子さま

星の王子さま
  • 『星の王子さま』
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  •      サン・テグジュペリ・著 内藤濯・訳    (岩波書店)
  • 鶴本 市朗

 「感性のリトマス紙」これが私にとっての『星の王子さま』の位置づけである。文学作品に感動できる感性を自分自身が持っているかどうかの確認をこの本で行っているように思う。

 この本との出会いは、学生時代の読書会だった。高校の国語教員を目指す者数人で、週一回のペースで本を決め、語り合ってきた。その中でこの本に出会った。泣いた。何度も何度も泣いた。「涙は心の汚れを落とす石けんのようなもの」という言葉を聞いたことがあるが、大人になった飛行士と同じように「たいせつなこと」を見失った私の心の汚れが落とされていくように感じた。「かんじんなことは、目に見えない」という言葉、キツネと王子さまの心がつながっていく過程。そういったものに、大きく心を動かされた。この本は以降、何度も繰り返して読み、その度ごとに泣いてきたことを覚えている。

 今の子供たちがこの本についてどう思っているかを知りたくて、昨年、熊本近代文学館の読書会でこの本を取り上げた。読書会は初めてという十代、二十代の参加者であったが、この本の面白さに触発されてか、活発に意見が出され、それぞれが興味を持った言葉、場面について話してくれた。すると、皆が心を惹かれるポイントは、同じであった。「目に見えない」ものを大切にしようとする心が生き続けていることを実感した。『星の王子さま』の持つ普遍性を感じた一コマだった。

 

 この本の最初の訳者は、熊本市出身のフランス文学者、内藤濯氏。この本がアメリカで出版された当時、彼は六十才。彼の翻訳本が出版されたのは七十才のことである。彼はこの本に感動したからこそ、翻訳を手がけたのだと思う。彼のように、いつまでもこの本に感動できる感性を私も失わずにいられたらと思う。

 年をとると、「たいせつなこと」を忘れやすくなるようだ。しかし、この本は、読み返すたびに感動する心を思い出させてくれる、大切な「わたしの一冊」である。

(熊本県立図書館 参事 熊本近代文学館担当)