私の一冊 314号

ンドキの森

ンドキの森
  • 『ンドキの森』
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  •          三谷雅純 著        (どうぶつ社)
  • 安田 晶子

 日本語に「ん」ではじまる言葉はない。しかし、アフリカ(コンゴ)にはあるのだ。それだけで異国と感じないだろうか。「ンドキ」とは悪霊のこと。この本は、ンドキしか住まないと信じ恐れられたために奇跡的に残っていた「原始の森」の話である。そこは、底なし沼に護られて人を寄せ付けなかった。丸木舟をつくった日本人の動物学者が、現地スタッフに助けられながら、その原始の森で体験したことが綴られている。勿論、ノンフィクションである。

 世界が便利になり文化的な均一化が進んでも、やはり、物理的な距離に伴って文化的な違いも大きくなる。そこへ行くのは、研究調査というだけでなく、探検的な様相が強まる。アフリカは日本人にとって言葉も文化も違う探検の地。現地の人の助けなしには熱帯雨林の調査はなりたたず、そこに文化摩擦もおきるが、人間どうしのドラマもある。無人の原始の森で著者は、さまざまな動物と遭遇し、ゴリラの砂絵やチンパンジーのテントを発見するのだ。それらは、「研究者として千載一遇の好機」であり、著者に「回転し続ける熱帯原生林への畏敬の感情」を引き出し、その経験と感情とが、この本を書かせている。

 自然科学は文化的、政治的に中立の立場であることが望ましいのだろうか?中立でいられるのだろうか?研究も歴史や文化、政治から無縁ではいられない。爆薬をつくったノーベルは、それが人殺しの道具になると思わなかったのか。なぜ彼はノーベル賞をつくることになったのか? 自然科学の研究者は社会にどんな責任を負っているのか。著者がひとに言われた言葉が記されている。「ンドキの森がそれほどすばらしいところなら、そのすばらしさを声高に喋らないことだ。声高に喋れば、必ず泥まみれの森になる」。この本には、原始の森の真実が書かれている。

                                            (熊本子どもの本の研究会 会員)