私の一冊 310号

ちびくろ・さんぼ

ちびくろさんぼ
  • 『ちびくろ・さんぼ』
  • 文/ヘレン・バンナーマン 絵/フランク・ドビアス(瑞雲舎)
  • 中嶋 ひろ子 

 この絵本を子どもに読んであげたいと思った頃、人種差別との関連性が指摘され書店や図書館から姿を消したらしいと知人から聞き心底残念に思った。その後復刊され購入したのだが、絵本を読んで唖然とした。おとうさんやおかあさんにも名前があることを全く忘れていたし、ジャングルで通りかかったトラたちに食べられそうになり身につけていたものを一つずつあげることで許してもらう場面もほとんど覚えていなかった。要するに、トラたちがけんかを始め木の周りをぐるぐる回り、最終的に溶けてバターになってしまった場面とそのバターでホットケーキを焼き、天井まで届きそうなくらい高く積まれたホットケーキをちびくろ・さんぼが食べている場面しか覚えていなかったのである。これで「お母さんが大好きだった絵本よ」と言えるのかと恥ずかしくもなったが、木の周りに溶けた黄色のつややかでおいしそうなバターやほかほかの山積みホットケーキをうっとりと見つめる小さい頃の私を今でもはっきり思い出すことができるのでやはり大好きな絵本なのだ。

 その後何歳かの誕生日に「餃子をこれ以上食べられないほど食べてみたい」と母に言った。山積みではなくプレートいっぱいに焼かれた餃子。その大量の餃子を見ただけでお腹いっぱいになり、いつもの半分も食べられなかった。実はその苦い記憶は忘れていたのだが、十年以上経って芥川龍之介の『芋粥』を読んでまざまざとその日を思い出した。私が子どもから同じ事を言われたら、そんなには食べられないと、食べる前に諭すに違いない。しかし、母は何も言わず餃子を焼き私にそのことを実感させてくれた。あの経験がなければ偉大な作家の『芋粥』もこんなに私の心に迫ってはこなかっただろう。今更ながら母に感謝。母の愛と料理は心も満たしてくれることを感じる『食堂かたつむり』(小川糸 ポプラ社)。読んだ後は優しさに包まれて食事の準備にも幸せを感じた。

                                   (熊本子どもの本の研究会 会員)