私の一冊 309号

不可触賎民の父  アンベードカルの生涯

  • 不可触賎民の父
  • 『アンベードカルの生涯』
  • ダナンジャイ・キール 著 山際素男 訳(三一書房)
  • 大 江 捷 也 

「人権尊重に懸けた不屈の魂」

 アンベードカルは、コロンビア大学やロンドン大学の博士号を持つ法学者・社会学者・経済学者・教育者で、インド憲法の父であるが、インド独立の父と言われるガンジーの終生の政敵であったが故に、非暴力とインドの独立に献身しながら、歴史から抹殺されている。ガンジーが選ばれた階級の出身であったのに比べ、アンベードカルは、不可触賎民の出身であったからである。

 ガンジーは、インドの独立をヒンズー社会への復帰ととらえ、カースト制度そのものがヒンズーの前提であると考えていたのに、アンベードカルにとっては、身分差別を廃止しインドの民主化と近代化のための独立運動であった。ガンジーが不可触賎民の保護者的な立場から脱しきれなかったのに、アンベードカルは不可触賎民解放の指導者として常に先頭に立ち続けた。

 ガンジーは、最初はアンベードカルの高邁な論理と博識と人柄をみて、不可触賎民に同情を寄せるブラーミン(選良)出身者だと思っていたという。インド憲法の草案作成者として、不可触賎民の解放を規定しながら、憲法成立後も「アンタッチャブル・アンベードカル」とサインをしていた。憲法上の規定と現実の落差の中で、一人でも差別される人間がいるかぎり、自分は不可触賎民であり続けると宣言していたからである。

 偉大なるカリスマ性を持った巨人のガンジーと、博識に裏付けられた理論と弁舌を武器に、不撓不屈の精神を持続させた有能なオルガナイザーとの戦いは、お互いを認め合いながらも壮絶なものであった。

 晩年、釈迦に傾倒し、仏教社会へ移行したが、長年の肉体酷使で、歩行困難や失明寸前にいたりながらも書き続け、語り続け、執筆しながら、気がついたら死んでいたという。五十万を超える人が見送ったという。人権の尊重に命をかけた偉人の生きざまに触れ、感動の連続である。

                                   (熊本県文化協会常任顧問)