私の一冊 306号

みみをすます

今月の私の一冊306
  • 『みみをすます』
  • 谷川俊太郎 詩  (福音館書店)
  •          木村   一恵 
     
 

 ひらがな長編詩6編からなる詩集。1編目の「みみをすます」は、自分の周りに、人々の営みに、歴史に、明日に耳をすませと、静かに、激しく畳みかけてくる。初めて読んだとき、耳の奥深くを鋭い何かが刺すような感じだった。耳の奥がキーンと鳴った。次の詩へしばらく進めなかった。本を閉じ、座ったままでいた。

 研究会に身をおく中で、「聞く」ことに拘ることを、幸せな意味で強いられてきたように思う。わらべうたをうたいながら子どもたちの耳の確かさに感動し、語り手のお話に耳を傾ける。静かな間合いも味わう。私は良き語り手にはなれそうにないが、良き聞き手ではありたいと思っている。

 国語と社会の教科書についての鼎談『こんな教科書あり?』(谷川俊太郎・斎藤次郎・佐藤学/岩波書店)の中で、「言葉というのは、聞くということが前提にある」という一文があった。また、小学校一年生の国語の教科書を想定して作られた『にほんご』(福音館書店)では、編集委員の一人でもある谷川氏が、あとがきで、「読み」「書く」ことよりも「話す」「聞く」ことを先行させたと述べている。まず自己主張、それが優先されがちな世の中だが、耳をすますことを何より大切にしたい。そこからこそ豊かな表現が生まれるのだから。

 さて、幼い子どもと暮らす毎日。子どもの声に、言葉に、私はどのくらい耳をすましているだろうか。「あとでね」とか、「はやく、はやく」などと娘の言葉を遮ってばかり。5歳の女の子の毎日は楽しいことがたくさんだが、辛いことだってあるのだ。ある日、就寝前に言った。「きのう、幼稚園でね、嫌なことがあったの・・・」そこまで言って、娘はしばらく泣いた。その先を言おうとはしなかった。私はただぎゅっと抱きしめただけだった。娘が寝た後、私は、幼い頃の自分の思いに耳をすました。娘の思いに近づきたくて。

   じぶんの/うぶごえに/みみをすます

                                    (熊本子どもの本の研究会会員)